
こんにちは、Miyaです。
今回は映画ドラえもん最新作「新・のび太の海底鬼岩城」の感想を書いていきます。
こちらの記事はネタバレありです。
まだ本作品を見ていないという方は、ネタバレなしの記事をご確認ください。

また、ドラえもん全映画のランキング・Tier表の記事も公開しているので、よければそちらもご覧ください。

『映画ドラえもん 新・のび太の海底鬼岩城』あらすじ
夏休みに海底でキャンプをすることにしたのび太とドラえもんたち。そこで海底人と出会った彼らは、やがて地球の命運を左右する危機に立ち向かっていく。
『映画ドラえもん 新・のび太の海底鬼岩城』良かった点
『映画ドラえもん 新・のび太の海底鬼岩城』悪かった点
『映画ドラえもん 新・のび太の海底鬼岩城』詳細な感想
はじめに

4DXでの視聴
評価には含めないものの、4DXの感想を書く。初めて体験したが、場面に合わせて水が吹きかけられたり、首や足元から風が出たり、シートがグラグラ揺れたりして楽しかった。
が、もういいかな、と思った。
そりゃ普通より高い金を払わせている以上、多くの場面で何かしらの演出を挟む必要があるのかもしれないが、過剰過ぎて邪魔に感じることがあった。
特に顕著に感じたのが、テントアパートに空気を入れるシーン。そのシーンでめちゃめちゃ首元から「ブシュー!!!」っと首元から風が出てきて、「え?!え?!え?!今?!」って本気で驚いた。なんでもかんでも水出したり風出せばいいってもんじゃないよ~、ただ子供は喜ぶのかも。
オープニング
最初にタイトルロゴが出てきたタイミングでOPが流れなかったので、今回はOPなしかと思いきや、その後にお決まりの「ドラえも~ん!」からOPが流れた。
曲は前作に引き続き「夢をかなえてドラえもん」。やっぱりわさびドラといえばコレって感じがするからずっと流し続けてほしい。映像はアクリルスタンドみたいな感じで、クレヨンしんちゃんの紙粘土OPを彷彿とさせた。映像自体はあまり動かない。しずかちゃんがどんどん美少女化してて可愛いのだけ頭に残った。
海底に行くまで
旧作は、キャンプの行き先について
ジャイアン・スネ夫→山派
だったのが、今回は逆で
ジャイアン・スネ夫→海派
に変更されていた。わざわざ変更するということは、後々何かしら意味があるだろうと思い注意深く見ていたが、最後まで見ても特に何もなかった。
今回は先にドラえもん、のび太、バギーの3人で先に海底に行き、下見をするような形。旧作は映画開始から海に行くまでが長すぎる印象を受けたので、映画の主題である「海」に早く移行したのは評価点。海に入ってまず思うのが、めっちゃ作画が綺麗。40年前の映画と比べるのはどうかと思うが、旧作は「これ本当に海の中か?」と思ってしまうくらい殺風景な背景が多かった印象があるので、今作はめちゃめちゃ綺麗で驚いた。この作画だけで非日常感があり「あ~映画だな~」って感じがする。
海に潜る際に、ドラえもんがのび太にエラチューブを貸与。「お、今回はテキオー灯じゃないんだ」と思っていたら「そろそろいいかな?」と言い出し、テキオー灯を出して浴びせてた。え、じゃあなんでエラチューブ出したん?
旧作の時から、海底に行くことになるきっかけは「海と山の両方に行ける」とドラえもんが主張したからであるが、以前から「いうほど海底に山要素あるか?」と疑問に思っていた。本作では、のび太が「ゴツゴツしてて山とは違うけどね」と言及してくれて嬉しかった。
やっぱ山って言うには無理あるよな、うん。
テキオー灯が切れるシーン
旧作から存在する、スネ夫とジャイアンが朝にバギーに乗ってバミューダ島へ出発するシーン。今作はのび太がバギーと一緒に寝ていたため、別のシーンに差し替えられるかと思ったが、そのまま残っていた。
同じ流れではあるものの、頭が痛い、苦しい、といったセリフがなくなり、旧作より悲壮感や絶望感が薄くなって比較的ライトに感じた。ただ、バギーから投げ出されて地面に倒れ込む描写はちょっとリアルだった。
また、バギーの
というセリフは、恐らく一言一句そのまま残っていた。このセリフは物語を象徴するものであるため、制作側も意図して変更しなかったと思われる。
雰囲気の変化
旧作の中で常に漂ってた
・しずかちゃん以外の4人がバギーを蔑ろにする空気
がなくなっていた。のび太はもちろん、バギーも機械ではなく友達として扱う、というのが本作の共通認識として存在しているため、見ていて不快感がなかった。自分はごりごりのぶ代ドラ世代だが、初期ののぶ代ドラよりわざびドラの方が好きかもしれないと認識した。
細かい描写の変化
細かい点ではあるが、嬉しい変化点があったので紹介。難破船を見つけて、のび太以外の4人が探索するシーンにて、旧作では船長らしき人が座った状態のまま骸骨になっており、かつ日記もそのまま残っているという「制作側が水の中であることを忘れているんじゃないか?」と疑うシーンがあり、旧作の感想記事でも言及した。

それが、今作では乗組員の骸骨として船内にバラバラになっており、かつ日記も存在しない形に変更されていた。細かい点ではあるが、こういう筋の通った描写に変更してくれると物語に納得感が生まれるため非常に好印象。
その後のび太がバトルフィッシュに襲われて逃げるシーンは、めっちゃヌルヌル動いてた。やはり作画が非常に良い。
海底人の登場
旧作のエルはのび太と等身が同じで、同年代といった印象が強かったが、本作では身長も高く青年といった雰囲気がある。ジャイアンとスネ夫を助け、巨大イカに襲われているところを助けておきながら、無理やり連れてきて「一生この国で暮らせ」という理不尽なことを言ってくるところは旧作と同じ。ただ、本作ではこの下りに理由付けが行われている。
・仲間から「どうして助けた」と追及され、「自分でもわからない」というエルの心境
これらが追加されたことで、旧作ではただの好青年という印象しか受けなかったエルについて、国と自分の心で葛藤を抱いて板挟みになっている人物像がハッキリと浮かんできた。
その他に、逃亡を手助けしてくれる新キャラのトリラインというお婆さんであったり、ムー連邦の街並みや人々の暮らしの様子であったり、海底人という存在に対しての掘り下げが追加されていて良かった。
特に、トリラインの「地上人が嫌いじゃない人が、1人ぐらいいてもいいだろ」というセリフは好きだった。ポセイドンの脅威に対して相変わらず神に祈るだけの首相に対して、エルが物申すところもスカッとして良かった。
アトランティス
旧作より、明らかにムー連邦と共闘している感じが描写されていて良かった。旧作だと頼むだけ頼んで何もしていなかったような・・・。トリラインが過去に生存したことを理由付けするために、ポセイドンが「女の情報を知らないから」という理由で基地に連れ帰っているのがちょっとシュールだった。DTかな?
最後のポセイドンとの戦闘は、少し物足りなさを感じた。旧作と違って、ドラえもん以外の仲間が敵に捕獲されるということもなく、万事休すではあったものの戦闘中の状態。そんな中、ドラえもんとのび太が一度吹っ飛ばされただけで、しずかちゃんが「もう終わりなのね・・・」と発言するのは少し違和感がある。
そもそも、当時のしずかちゃんと今のしずかちゃんでは見た目も性格も違っていて、今のしずかちゃんに「もう終わりなのね・・・」という諦めのセリフは似合わない気がする。諦めるにしても早すぎる気がしてしまった。しずかちゃん1人でもなんとか突破口を開こうとして、それをバギーが制して特攻する、みたいな流れの方がわさびドラには合っている気がした。「新・のび太の日本誕生」のように、終盤の展開に大きくテコ入れしても良かったんじゃないかな、とは思う。
それはそれとして、しずかちゃんが涙を流してドラえもんのポケットに零れるシーンが、旧作のようにポツンと雫が落ちるのではなくて、靄のように広がって降りかかる描写に変わっていた。確かに、今行われている戦闘の舞台も”海底”であるため、雫が落ちるのは表現としておかしい。今作の表現のように、じんわりと広がっていくのが自然。こういった細かいところを”海底”に合わせて修正してくるのは非常に丁寧で、物語に説得力を持たせてくれると思った。
まとめ

いかがだったでしょうか?
ぜひ皆さまの『映画ドラえもん 新・のび太の海底鬼岩城』に関する感想について、コメントをいただけますと幸いです。



コメント