
こんにちは、Miyaです。
今回は映画ポケモン4作目「劇場版ポケットモンスター セレビィ 時を超えた遭遇」の感想を書いていきます。
こちらの記事はネタバレありです。
まだ本作品を見ていないという方はご注意ください。
また、ポケモン全映画のランキング・Tier表の記事も公開しているので、よければそちらもご覧ください。

『劇場版ポケットモンスター セレビィ 時を超えた遭遇』良かった点
『劇場版ポケットモンスター セレビィ 時を超えた遭遇』悪かった点
『劇場版ポケットモンスター セレビィ 時を超えた遭遇』詳細な感想
はじめに
ポケモン映画4作目。上映時間は75分とかなり短い。
当時、子どもの頃に映画館で見ていた。「スイクンが湖をぴょんぴょんして綺麗にする」シーンだけやたら印象的で覚えていた。
相変わらずゲスト声優が多く起用されているが、作品を壊すほどに下手な人はいない。作画もCGを用いて綺麗に表現されており、2001年という年代を考えても及第点。
作中には、捕まえたポケモンを悪に染める「ダークボール」が登場し、ポケモンコロシアムを彷彿とさせる。(未プレイだけど)本映画の公開が2001年、ポケモンコロシアムの発売が2003年なので、本作の要素がコロシアムに受け継がれているのかもしれない。
ストーリー
↓
人間不信に陥ったセレビィをなだめて友達になる
↓
セレビィが悪人に利用される
↓
助ける
というのが大まかな流れ。
良く言えば王道、悪く言えば平坦であり、ストーリー自体にあまり面白みがない。
この作品あたりから「悪者に伝説ポケモンの力を悪用される」という展開がポケモン映画のテンプレートと化してくる。
また、ストーリー全体を通じてほぼ森の中にいるため、常に背景が同じ。映像の変化に乏しく、見ていてメリハリがなく思える。
ユキナリが使うモンスターボールが、『Pokémon LEGENDS アルセウス』に登場するような旧式タイプのような見た目になっており、こういう所は細かいなと思った。

中盤の展開
中盤に関しては、時渡りを利用して過去と未来を行ったり来たりするわけでもなく、ただセレビィと仲良くなって、水遊びして、木の実食って、バタフリーの羽化を見るだけ。この後に、洗脳されたセレビィに対して友情をもとに訴えかけるシーンがあるため、その布石だとは思う。
ただ、たった1日の出来事なので「ああ、そんなもんで洗脳解けるんだ」という呆気なさは感じる。本作ではユキナリとセレビィの関係が重要だと思われるだけに、もう少し2人の関係性を深める描写が欲しかった。
そうすれば終盤でサトシとユキナリがセレビィに呼びかけるシーンにも、より説得力が生まれたように思う。
終盤の展開
力を悪用されたセレビィは、力を使い果たして死に至る。
この萎れたセレビィはかなりショッキングだし、木の実を食べさせようと震える手で口元に近づけるも、無情にも木の実が落ちていき周囲が涙を流すシーンは、悲しみと絶望が表現されてて良かったと思う。

ただ、そもそも本映画の始まりがユキナリとセレビィであるならば、ここでセレビィを介抱するのはサトシではなくユキナリの方が相応しいのではないかと思った。
その後、時渡りの音と共に大量のセレビィが現れ、セレビィを復活させるが、唐突すぎて感情がついていけなかった。
スイクンの活躍が少ない
せっかくビジュアルがトップクラスである伝説のポケモンのスイクンが良いポジションで登場しているにも関わらず、ほとんど活躍していないのが気になる。
死んでしまったセレビィを、汚れた湖に浸けると何も起こらない。そこで「スイクンなら水を綺麗に出来る」ということで、スイクンが湖をぴょんぴょんして汚れた湖を復活させる。でも、何も起こらない。
じゃあスイクンなんだったん。
そもそも、ビシャスとの戦闘でもスイクンは乱入した時こそ、颯爽とサトシとユキナリを助けてくれるが、その後はすぐにつかまり、ずっと苦しんでいるだけでほとんど活躍しない。
これは完全に好みだけど、スイクンに「水を綺麗にしてくれ」と頼むのではなく、汚れた湖にセレビィを浸けても何も起こらず「もうダメだ」と悲しみに暮れてる時に、スイクンが自発的に湖を綺麗にしてくれる展開でも良かったんじゃないかと思う。
その中で、記憶を回想する形で「スイクンは水を綺麗にする力がある」ということを視聴者に思い出さる構図にすれば、伏線回収的な要素にもなり、物語として面白くなりそうな気がする。
まぁこれは完全に好みだし、素人の意見だけど。
最後は時渡りで大量のセレビィが現れ、セレビィを蘇らせるという突拍子もない展開だったこともあり「だったらスイクンの活躍の場にしてくれよ」と思った。
仲間の出番が少ない
今作でもタケシとカスミが同行しているが、大体サトシとユキナリが体を張ったり、セレビィと戯れているところを見守る立場であるため、ほとんど出番がない。
タケシは、暴れるバンギラスに対してイワークを繰り出し、バンギラスの味方への攻撃を防ぐだけでなく、バンギラスを湖に弾き飛ばして退場させるという大きな成果を上げていた。前作はゴマゾウのころがるで一発KOだったのに。
一方、カスミはビシャスが襲ってきたときに足を挫いたぐらいで、それ以外にほとんど何もしていない。ポケモンを繰り出してすらいない。せっかく仲間として出ているなら、何かしらの役割が欲しかった。
セレビィに取り込まれ、がんじがらめになりながらも、上から落ちてきたサトシとユキナリを両腕で掴んで助けたムサシの方が活躍してる。
ストーリー上の違和感
①トワの発言
物語の冒頭で、ユキナリとトワが出会う。そして時渡りで40年後に再開した時に、トワが「40年前に消えてしまった少年」と発言している。
最終的には、ユキナリは40年前に帰っており、その後の時代を普通に過ごしているはずなので、トワが「40年前に消えてしまった少年」と認識しているのはおかしい。
違う世界線になった、みたいな多世界解釈すればいいのか?
②セレビィの力
ビシャスが、セレビィを捕らえて「これで世界を支配することができる、ロケット団に縛られる必要はない」と言う。
・・・え?セレビィにそんな力あんの?
ハンターのストライク、ヘルガーに成す術なくやられてたのに?
それほどの能力がセレビィにあるという描写が特になかったので違和感があった。
③ユキナリを元の時代に戻すタイミング
仲間のセレビィのおかげで復活を果たしたセレビィは、ユキナリを元の時代に戻そうと時渡りを始める。それが出来るならもっと早くやれよ。
エンディングの演出
「本作に登場するユキナリがオーキド博士である」というのは有名な話だが、作中で明言するのではなく、エンドロール中にさりげなく色褪せたスケッチブックを見せる程度に留めているのはお洒落で良かった。
ただ、オーキド博士はヒメグマやリングマなどの存在を少年時代に認知しているにも関わらず「ポケモンは151匹!w」と言い始めたというとんでもない矛盾は生まれている。
総評
話の素材自体は悪くないが、全体的に平坦で、いまひとつ面白みに欠ける作品という印象。特に、ユキナリとセレビィの関係性や、スイクンの活躍など、もう少し掘り下げてほしい場面が多い。上映時間が75分と短いため、もう少し尺を伸ばしてでも話を膨らませた方が面白かったと思う。
とはいえ、映像は綺麗だし、ストーリーも単純で分かりやすいので、子供が見る作品としては楽しめると思う。実際自分が子ども頃に見た時も楽しかった。ただ、冷静にストーリーを見ると物足りなさが顕著に表れる作品だった。悪い意味で「これぞポケモン映画」って感じ。

いかがだったでしょうか?
ぜひ皆さまの『劇場版ポケットモンスター セレビィ 時を超えた遭遇』に関する感想について、コメントをいただけますと幸いです。


コメント